なかむら9条の会

平和が好き! 憲法9条が好き!

9条を守りつつ、この国を守る方法とは

先日も、《9条を守れと言う前に 中国から日本を守る方法をしめしましょう》というコメントが寄せられました。過去にも何度か似たような意見が寄せられています。

実は私も、《九条の会は、どうやって国を守るのか…見解を》と、本部に意見を寄せたことがあります。上記の意見は、ある意味正当な意見であると思います。

 従がいまして、これは九条の会の正式な見解ではありませんが、世間の疑問にはきちんと答えるべきだと思います。私(nakamura9)の個人的見解として、答えておきます。

 

 ①中国に攻められる…と心配する人たちは、なぜか、日本がアメリカの従属国とされてることに対して、何も疑問を持っていない。

現在、在日米軍は、在日アメリカ軍、または条約などでは日本国における合衆国軍隊ともいい、日米安全保障条約第6条により日本国内に駐留するアメリカ軍の総称である。陸軍・海軍・空軍・海兵隊沿岸警備隊の合衆国五軍全てが展開している。指揮系統としては、アメリカ太平洋軍の傘下にある。…wikiによる…

ベトナム戦争では、在日米軍の軍事基地、中でも特に沖縄の基地が重要な戦略・補給基地として用いられ、ベトナムは当時沖縄を《悪魔の島》と呼んでいた。アメリカ空軍の戦略爆撃機が、まだアメリカ政府の施政下にあった沖縄の基地に配備された1960年代、1,200個の核兵器が沖縄の嘉手納基地に貯蔵されていた…ことを、みなさんご存じだろうか?

基地の周辺では、さまざまな米軍の犯罪が起き、子供や女性への暴行や殺人などの凶悪犯罪も、数多く起こされている。そうした屈辱的な犯罪に対しても、日米地位協定という、これまた屈辱的条約により、犯人の裁判権はおろか犯人の引き渡しさへも米軍に拒否され、時には事件現場への警察の立ち入りさへ、米軍により阻まれる事態も起きている。

辺野古基地の闘いに見られるように、戦後71年もたって、今なお、アメリカの従属国として扱われている日本…あなたは、中国に攻められる…なんて心配する前に、アメリカに蹂躙されている今の異常事態をどうするか…それを考えるのが先ではありませんか。

 

憲法9条に縛られる政府や公務員は国防の任務を負わず、代わりに民間企業が請け負うという方法

この案は、まずギャグであることを断っておくが、憲法9条に縛られる政府や公務員は国防の任務を負わず、代わりに民間企業が請け負うという方法はいかがでしょうか?

立憲主義」を守るように求める識者らは、憲法は政府や公務員を縛るためのものであって、国民は憲法を守らなくてもいいと主張している。私も《その通り》だと思う。
政府は憲法9条を守らなければいけないため、本来なら軍事力を持ってはならない。

しかし、国民の側は憲法を守らなくていいのだから、もちろん、9条を守る必要も義務もないことになる。だから、憲法9条を一字一句守って自衛隊を解散する代わりに、民間のSECOMやALSOK、全日警といった警備保障会社に委託して、防衛の役割を引き受けてもらえばいい(もちろん、装備を拡充してもらう必要はある)。政府が国費から防衛費を支出する代わりに、国民基金をつくって委託費はそこから支払うことにする。

こうすれば、憲法9条を徹底したとしても、国は守れるかもしれない。国民は、正規の軍隊を持てない政府の代わりに、いわば現代の傭兵に自分たちの身を守ってもらうのだ。(この案は、webで拾った案です)(笑)

 

③9条を前面に立て、非戦国日本を武器に、《攻められない外交》を進める方法

現実に、戦争が起きるとしたら、それは<攻められる状況をつくってしまった>という外交の<失敗>の<結果>なんですよ。

「もしかしてさ、外交とか、バランスとか、この国の政治家や官僚は、やるべきことをずっと、アメリカの軍事力の傘の下にあるっていう一点で・・・サボってきたんじゃない?それは、国民にバレないようにしたいよね。気づいて欲しくない、よね?」

 

今僕らに足りないのは、軍備ではなく、国際政治のバランスをきちんと取ること、外交、経済あらゆる面で、難しくも果てしなく重要な問題に日々取り組み、逆風の中も切り込んで<良いバランス>へと向かわせる国家、官僚、国民であるはずだ。

日本が持つものは、他国から見ると羨ましがるほど、素晴らしい(憲法だって…)。
経済規模だって、ヨーロッパまるごと足したぐらいの規模がたった一国の中に詰まっている。
郷土としても美しい。水も豊かだ(それが故に狙われてもいる)。
そこにさらに、政治的にも様々な国々と(簡単なことではないだろうが)憲法9条を前面に、バランスを保ち、理性を働かせ、具体的なお互いのメリットや利益も生み出し、<平和>のために現実的、実際的な努力をする国であったら、それこそが本当の誇れる国であろう。

日本は豊かだ。
だから狙われる。
守らないと。戦わないと。

なぜ、僕らはこんなに短絡的なんだろう。
なぜ、攻められたら戦うという単純なものしかイメージできなくなっているのだろうか。

誇れるとは、何なのか。
いろんな国と協調したほうが誇れる。
戦いを回避する強い意志と行動があったら誇れる。
やみくもに平和を信じる甘えではなく、具体的な政治バランス、交渉、そして9条。
ただ銃を向けるより、よほど誇れて、現実的な解決策だと僕は思う。

 ・・・この案は、下記のブログから頂きました。(若干手を加えています)

http://skmtsocial.tumblr.com/post/37903508145

 

④ 日本で国連軍創設‼…という方法

世界平和と…日本再生のために…“日本国連軍構想”を…再度…提案致します。…と言うコメントが以前、このブログ寄せられました。 石川嘉司さんの提案を紹介します。 


国連軍設立!! 
国際連合憲章 第1章 目的及び原則 第1条  付則 国連軍 を加え。

5兆円の軍事費をそのままにして日本軍の指揮権を国連に渡します。
同じ様に各国の軍隊も国連軍として受け入れる。

実に単純です・・これで国連軍は発足です。
ーーーーーーーー
この国連軍で米・露・中国等の強国の軍隊が勝手に他国侵攻・蹂躙する事を防ぐのです。
またシリアの様な内戦・アフガン等の紛争もをも国連軍が平定します。
イラクも米国の侵攻以前にこの国際連合憲章第1章 目的及び原則 第1条  付則

 国連軍に加盟することが出来たら・・米国の侵攻を許さずに済みました。
193カ国の国連加盟国も・・殆ど軍隊をもてない140カ国も・・其のわずかな軍隊を国連軍にすれば他国の侵攻を防げます。・・・以下略

詳しくはこちらをご覧ください
http://blogs.yahoo.co.jp/lumiuno/folder/451694.html

 

****************************************************************

 

いかがでしょうか?

上記4案で納得いただけたでしょうか?

まだ、納得できない…そうおっしゃる方には、こう申し上げたい。

《だったら自分でも考えてみろ❢》と。ちょっときついかな?(笑)

 

とにかくねえ、人類が誕生してから30万年になるのかな?

最初の25万年ほどは、人類は互いに争うよりも、飢えとの戦い、あるいは他の肉食獣や、寒さや暑さ、火事や地震…環境との戦いで必死であった。

ところが、コメなどの保存食が登場したことで、他人よりも多くの物がほしいと欲が出てきて、権力争いや領地争いが頻発し始めたのだ。それに宗教争いや人種差別が加わり、さらに愚かな人類の争いは激しくなってきたのである。

とにかく、文字による記録が残せるようになった、過去約6000年ほどの資料を見ると、過去色々な国や権力者が登場して、多大なる人類の犠牲の上に覇権を打ち立ててきたが、すべての政権、覇者が滅んでいった。

 

《驕れる者は久しからず》すべての政権は腐敗し、堕落する…そして滅びる。世界を席巻したジンギスカンやナポレオン、スペイン帝国ポルトガルも、そして7つの海の支配者イギリスも、今はもう見る影もない。

ソビエトも崩壊し、今盛んなるアメリカにも凋落の影が漂う。まして《中国の脅威》なんて、今みなさん、わめき立てているが、過去には《ちゃんころ》などと馬鹿にし、今なお《シナ人》などと蔑称している人たちが、たくさんいるではないか。

 

その人たちが言うかね。《中国が攻めてくる》なんてね。(笑)

その恐怖感は蔑称扱いの裏返しなんじゃないの?…私はそう思います。

 

《国破れて  山河あり…》昔の中国の詩にも歌われています。

極論すると、国は敗れても、ただ支配者が変わるだけ。そこで暮らす人々にとって、何も困ることはない。ただ以前の支配者が国民想いの支配者で、新しい支配者が国民をぼろ雑巾のように絞る悪徳者だったら、ちょっと困るけどね。

だけど、今のアベ政権だったら、まだ新しい支配の方が絶対ましだ。

 

結論です。

数千年にも及ぶ殺し合い、奪い合い…を繰り返してきた人類。実に愚かだ…と私は思います。武力で人を支配し富と権力を奪い合う。それで世の中よくなりますか?

もういい加減、人類も少しは賢くなってもいいのではないでしょうか。

日本が世界に誇る・憲法9条こそ、今や世界最先端の平和な社会を築くための、最高のアイテムなのです。今世界には、武力以外の方法で紛争を解決しようという多くの国々が存在します。

また、資本主義に代わる新しい国の制度を模索している国々も多くあります。世界は今、転換期を迎えています。

 

いかにして戦うのかではなく、いかにして戦わないか・・・

今こそ人類は、その思考パターンの変革が重要なのです。

それを可能にするのが、憲法9条なのです。

お互いに攻めあい、奪い合い、殺しあう…そんな残虐なこと、もういい加減にやめませんか。殺し合いで、物事を決める…そんなやり方、ちっともナウくないですよ。

自衛隊は、災害救助隊に特化すればいいんです。銃器の代わりに災害用重機を持って、世界中の被災者を救助して回る。

日本国憲法9条と自衛隊に感謝と称賛の嵐、間違いなしですよ。

そんな日本を誰が攻めますか。

 憎しみあいを  ➡  慈しみあいに

殺し合いを  ➡  助け合いに

奪い合いを  ➡  与えあいに

それが平和憲法9条なんです。

 

ヘルマン・ゲーリング元帥 (ゲシュタポを作った男)は、次のように言いました。

……もちろん、人々は戦争は望みません。運が良くてもせいぜい五体満足で帰ってくるぐらいしかないのに、貧しい農民が戦争に命をかけたい訳がありません。一般人は戦争を望みません。ソ連でも、イギリスでも、アメリカでも、そしてその点ではドイツも同じことです。

ですが、政策を決めるのは、その国の指導者です。それに人々を従わせるのは、どんな政治体制であろうと、常に簡単なことです。

国民に向かって、我々は攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けているし、国を危険にさらしていると非難すればよいのです。

この方法はどんな国でもうまくいきますよ。

 

いつの世でも、戦いを好む独裁者願望の人たちの言い分は決まっています。

《お前たちは国のために血を流せ》…と。

でも私たちは言うのだ。《国のために国民があるのではない。国民のために国はあるべきだ》…と。《国民が大事にされないなら、国なんかいらない》…と。

平和に暮らしている人たちの不安を煽り、戦いへと駆り出す策略を見抜く目と知恵が大切です。

豊かに暮らしている人たちの、財産を取り上げ、愛する家族や隣人たちを戦争に駆り出し、すべてを破壊し、すべての富を独占しようと企む悪党の口車に乗せられないことです。

みなさん、少しでも世の中の仕組みと、事の善悪、物事の裏表を、自分の頭で考え、自分の眼で見抜く訓練を怠りなく鍛えていきましょう。

その道より他に、平和で豊かな人生を送る方法はありません。

健闘を祈ります。

 

 

にほんブログ村 政治ブログ 市民運動・社会運動へ     ブログランキングに参加しています。クリックお願いします。

にほんブログ村